広島のあすにゃん

広島のアスリアが、日々の備忘録を書きます。

サーカス団員の勇気と結束

天風録アラスジ

出雲大社の拝殿が大火で焼け落ちた71年前、木下サーカスの一団が国宝の本殿や宝物を無傷で守った。ゾウの鳴き声により団員が起き、宝物を運び出した。

 

あす、木下サーカスの一団が広島公演を開幕、多くの観客が楽しみにしている。今回の公演では、人気のゾウと愛らしいポニー隊が広島デビューを果たし、観客に感動と興奮を提供する予定である。

    また、公演は出雲大社の恩人であるこのサーカス団の力と結束を再確認する機会となり、さらなる進化と発展を期待させている。コロナ禍で影響を受けた3年前の公演の後、この回は「より多くの人に感動を届けたい」という団員の強い意志が感じられる。出雲の神様が結んだ縁のもと、新たな興奮と感動を共有しようとする市民の期待は高まっている。

コメント

私がまだ実家の三重県に住んでいた頃、一度だけサーカスに行った経験があります。他では見ることのできない、特別なショーでした。

   しかし、何よりも私の記憶に深く刻まれたものは、「獣臭さ」でした。動物たちがステージ上で見事な芸を披露するためには、当然彼らの飼育と訓練が必要になるので、どうしても避けられないのでしょう。その匂いはあまりにも強烈だったため、それ以来サーカスを敬遠するようになりました。

 

全て悪い思い出だったわけではありません。猛獣使いの果敢な姿や、空中ブランコのアーティストの華麗な技、そしてピエロの笑顔に誘われて周りの観客が笑顔になる様子は、心から楽しんでいる彼らの姿がとても印象的でした。思い出は、私がサーカスの匂いについて抱いているネガティブな印象を少し和らげてくれています。

現在のサーカスは、当時と比べ、動物の扱いが大きく改善しています。多くの団体が動物福祉を重視しているので、この変化が私を再びサーカスに引き寄せるかもしれません。いつか勇気をもってサーカスに行きたいものです。

 

 

マツダ:工場作業者の工夫とルール違反

天風録アラスジ

マツダの工場作業者が部品取り出しの効率化のために人形を作ったエピソードを通じて、現場の工夫とやる気で資金力の差を補う姿勢が示されている。一方で、マツダがエンジン試験の規定を外れて制御ソフトを書き換えるなどのルール違反を行ったことが指摘され、その行為が日本ブランドに傷をつけたと述べられている。最後に、法令順守を徹底し、技術や作業の改善に知恵を発揮すべきとの意見が示されている。

 

そのような経緯を経て、現在のマツダは、ルール違反の行為を反省し、法令順守を徹底する姿勢を示している。そして、その中で技術や作業の改善に向けて知恵を発揮することが求められている。これからのマツダが、どのようにその課題を解決し、さらなる技術革新と生産効率の向上に努めるかが注目される。

コメント

制御ソフトを書き換えてしまった。これは技術の向上や生産性の強化を目指すための必要な行動だったのかもしれません。それであれば、なぜ国全体を巻き込んで行動を起こさなかったのでしょうか。企業秘密が外部に漏れることを恐れていたのでしょうか。それとも、煩雑な手続きや調整が面倒だったからでしょうか。

1980年代には、低コストで優れた品質の車を大量に輸出していた日本がアメリカから強く非難されることがありました。貿易摩擦という表現が、その時代の流行語となりました。

 その過去の事情を考慮に入れれば、現代の日本の自動車産業は斜陽産業と言えるかもしれません。低価格の車は現在では中国が供給しています。円安が進んで高価になった日本の車は、どれだけ性能が良くても、以前の車と比べるとお買い得感は薄れてしまいます。競争は日々厳しさを増し、ルール違反をせざるを得ない状況に追い込まれるのは、感情的には理解できます。しかし、まずはルール自体が時代に合っていないのであれば、そのルールを見直し、改善することから始めれば良いでしょう。

 

再生と絆:保護司と犯罪者の関係

天風録アラスジ
山田風太郎の「明治十手架」は実在の人物、原胤昭を主人公にした作品で、彼は維新後キリスト教に入信し、出所者や被虐待児の保護などの慈善事業に努めた。彼の歩みは戦後の保護司制度に継承され、犯罪や非行を犯した人々の立ち直りを地域で支えている。しかし、保護司を務めていたレストラン経営者が命を奪われるという事件が発生した。

事件は保護司制度に深い影響を与えた。保護司は非常勤の国家公務員でありながら、無報酬のボランティアとして活動している。その任務は、犯罪者や非行者が社会に再び溶け込むことを支援することであり、そのためには地域との繋がりが不可欠である。しかし、その任務が時としてリスクを伴うことも事実であり、この事件はそのリスクが現実となった痛ましい例となった。保護司制度の見直しと、彼らが安全に任務を遂行できる環境作りが必要とされている。

 

コメント
ある日、公民館でのサークル活動中に、保護司志望者を求めるポスターに目が留まりました。そのポスターには、犯罪者の更生を見守る保護司の役割が描かれており、一瞬、自分がその役割を果たすべきかと思いました。しかし、その生活が私の日常を支配するのではないかという恐怖感が頭をよぎり、最終的には申し出るのを見送っていました。

私はクリスチャン家庭に育ち、徳を重んじる価値観を持っています。そのため、このような臆病な行動が、神への敬意を欠いた行為であると感じてしまいました。
しかしながら、私の犯罪者への視点は少々厳しいものがあります。理由は、私の妹が父親に多額の借金を負わせ、結果的に彼を自殺に追いやったという過去があるからです。妹が間違っていたことを認めず、父を自殺に追い込んだ身勝手な理由を既に忘れてしまったかのように振る舞っています。
 犯罪者の全てがこうだとは思いたくありませんが、身近な人がこれじゃあ……と思ってしまう昨今です。

平和の使命感を体現する森保一監督

天風録アラスジ

森保一監督は、長崎と広島の被爆地で長く暮らし、サッカーを通じて世界に平和を発信する使命感を持っている。

森保一監督の平和への強い思いは、その行動に表れている。彼は「ピース」の名がつく新たなサッカー場の建設に尽力し、その地は平和記念公園から近い場所であることを望んでいた。また、監督時代には試合当日に原爆の犠牲者へ祈りを捧げるなど、平和への思いを日々の行動に活かしている。

   シリアとの試合についても、戦争の現状を見つめ直すきっかけを提供している。森保監督の平和への思いと行動は、私たち自身もその意義と尊さを見つめ直す機会を提供している。

コメント

   平和とは単に戦争と戦争の間の一時的な休憩に過ぎないと言います。これまでの人類の歴史を見てみれば、その主張がある程度説得力を持つことは否めません。例えば、日本の江戸時代では約300年間にわたり平和が続いたものの、その後の時代には二度の世界大戦に参戦するという悲惨な結末を迎えました。つまり、現在が平和であるからといって、その状況が永続するとは限らないのです。

 

日本の状況は、日々厳しさを増しています。台湾の政治的な緊張や尖閣諸島を巡る領有権問題など、危機的状況が刻一刻と迫ってきています。

しかし、現状の厳しさを理解した上で、平和を追求するという姿勢を持つべきです。特に、戦争の恐怖を直接経験した国として、その苦しみを次世代に伝えて戦争を防ぐ役割を果たすべきです。森保一監督はその良い例で、彼はサッカーを通じて平和のメッセージを発信し続けています。

彼の活動は平和の追求を示しており、新たなサッカー場の建設や原爆犠牲者への祈りなどを通じて平和への強い思いを表現しています。我々も自身の行動を通じて平和を追求し、積極的に行動することで世界をより良い方向に進めることが可能です。

 

中村メイコとテレビの影響

今日は休刊日なので、過去の天風録を分析します。

 

天風録アラスジ

二〇二四年一月九日(火)
 中村メイコさん、放送・芸能の世界で86年以上のキャリアを持つ人物の訃報が届き、彼女の存在の大きさを改めて感じる。彼女はテレビ初出演を1940年の実験放送で果たし、その後、ラジオ劇で人気者となり、多彩な役を演じ、「七色の声」と評判になった。彼女の言葉、「想像力や憧れ、涙…。人間の素朴な面を刺激する力がなくなったかな」は、テレビへのエールとも取れる。

中村メイコさんの死は、彼女がテレビ界に与えた影響と彼女自身がテレビから受けた影響を考える機会を与えてくれる。彼女はテレビと共に歩んできた人物であり、その存在はテレビの歴史そのものとも言える。彼女の死は、テレビの向かうべき方向、テレビが提供すべき価値について深く考えるきっかけとなる。

テレビは情報、教養、エンターテイメントを提供する重要なツールであるが、その形は変わりつつある。しかし、中村メイコさんが語っていたように、「想像力や憧れ、涙…。人間の素朴な面を刺激する力」を持つメディアとしてのテレビの役割は変わらないだろう。これからもテレビは私たちの生活の一部であり続け、変化していく社会とともに進化していくだろう。

コメント

 最近のテレビ界は力強さを欠いていると感じます。テレビ界が「コンプライアンス」という概念を取り入れ、安全運転的な放送が主流になったことは、クドカンの描くドラマ『不適切にもほどがある!』が鋭く批判していました。

テレビ界はかつて持っていた「人を育て、感動を与える力」を失ってしまったのではないか。一瞬一瞬のトレンドを追い求め、視聴者の関心を引くことに必死になるあまり、現実の厳しさに逆襲され、自身の役割を見失ってしまった結果ではないでしょうか。今こそ、テレビ界には自己反省と再認識が求められていると私は考えています。

広島カープの栄光:大瀬良大地の快挙

天風録アラスジ
昭和プロ野球の名投手、故稲尾和久さんの投球術は記憶力によるコントロールが特徴で、その教えは広島東洋カープの大瀬良大地投手が無安打無得点試合を達成する際にも影響を与えた。大瀬良投手の次の登板でその記憶力が指先に残っているかが試されることとなる。
大瀬良投手の快挙は、広島カープの新たな歴史の一ページを刻み、広島市民に誇りを与えた。その勝利は、選手たちの日々の努力の結果であり、その背景には故稲尾さんの教えがあった。この勝利は選手たちのモチベーションを高め、更なる勝利への道を開く一歩となった。広島市民も、選手たちのこれからの活躍を心から期待し、応援し続ける。これからも、広島カープの躍進を祈りつつ、選手たちの活躍を見守り続けたいと思います。
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広島カープの大瀬良選手が記録したノーヒットノーランは、マツダスタジアムで実現された16年ぶりの壮絶な快挙なのだそうです。ここ最近、広島カープは連敗という苦い結果が続いており、ファンは落胆と苛立ちで一杯でした。

    しかし、今回の大瀬良選手の見事な記録により、その全てが一変し、ファン一同は喜びに包まれ、有頂天となっています。普段は野球にそれほど関心を持っていない私の夫まで、新聞の一面を飾ったこの記録に目を通し、「すごいなあ」という感嘆の言葉を何度も繰り返していました。
ノーヒットノーランの快挙は、広島カープの新たな歴史の一ページとなりました。それは広島カープだけでなく、全ての広島市民にとっても誇らしい瞬間でした。勝利の背景には選手たちの日々の努力があります。


今回の勝利は、これからの試合に対する期待を一段と高めています。選手たちのモチベーションを高め、更なる勝利への道を開く一歩となることでしょう。私たち広島市民はこれからも、広島カープの躍進を祈りつつ、選手たちの活躍を見守り続けたいと思います。
 

 

年齢を超えた信頼関係の重要性

天風録アラスジ

年齢を超えて活躍している人々は多く、その一例として、最近の日本ダービーで56歳の騎手が史上最年長の優勝を遂げ、囲碁界では97歳のプレイヤーが最年長記録を更新した。また、現在では70歳まで働く人が半数を超えている。高齢者の定義を65歳から70歳に引き上げる議論や年金保険料の納付期間を40年間から45年間に延長する検討が進む一方で、若い世代からの反発もある。ダービー調教師になった41歳の安田翔伍師は史上最年少で、その成功は年齢を超えた信頼関係によってもたらされたものである。社会保障改革も、このような年齢を超えた信頼関係が必要とされる。

コメント

世代間のギャップと理解の欠如が若者と高齢者の間の信頼関係を損なっています。若者の政治への関心を引き出すためには、政策が自分たちの生活にどのように影響するかを理解し、自分の声を上げることが重要です。

 一方、高齢者は若い世代の意見を尊重し、彼らの視点を理解することが求められます。年齢を超えた信頼関係を築くことは困難かもしれませんが、それは社会全体が向き合うべき重要な課題です。

そのためには、世代間の対話と理解の場を設け、互いの立場を尊重する文化を育むことが不可欠。具体的には、学校や地域での交流会や、政策決定のプロセスに若者を積極的に参加させるなどの取り組みが考えられます。加えて、年齢を超えたメンターシップの制度を設け、知識と経験を共有することも有効です。

テクノロジーを活用して、世代間のコミュニケーションを促進し、理解を深めることも重要です。オンラインの対話プラットフォームやソーシャルメディアを通じて、若者と高齢者が互いの視点を共有し、理解を深める機会を提供すべきです。

これらの取り組みを通じて、若者と高齢者が互いの立場を理解し、尊重する能力を育てることができます。実現すれば、我が国の少子高齢化問題への対策も一層進展することでしょう。